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"Hakosuka" which was only sold in Japan recently flowing abroad recently is really good,
but it seems that we do not understand the original Hakosuka, so we can see many regrettable Hakosuka.
It is really cool looking from those who know it.
You can see it from the roots and hope to get on the orthodox Hakosuka.


Don`t yet your stand in the way of your dreams. 

SINCE: 2008 05/05〜 


・ウィンカーは必ず出しませう。
・またウィンカーは早めに出しませう。
・信号は守りませう。
・名古屋走りは止めませう。
・踏み切りや一旦停止はちゃんと止まりませう。
・周りを良く見、配慮しながら気を配りませう。
・携帯、スマホの“ながら運転”は止めませう。
・迷惑駐車や逆駐は止めませう。
・駐車場で横着な止め方は止めませう。
・信号待ちでボ〜とするのは止めませう。
・酒を飲んだら運転するのは止めませう。


このHPが自然な広がりが有る事を願っています。


= 復 活 =

“昭和のかほり”

温 故 知 新

ハコスカはが投影されて無ければ意味をなさない

 

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ここで何を書くにせよ 価値観が絡んでくる事が多いです、あくまでも私の価値観で進めていきますので

意にそぐわない事も多いかと思います。こう言うヤツも居るんだ と言う大きな心で御覧下さい。


各コーナーで細部の修正、追加は告知無しで随時行っています。


= は じ め に =


このホームページは“ハコスカ ONLY ONE”的な考えで成り立っています、「何か旧車に乗りたい、

ハコスカがカッコイイからハコスカでもいいや」と言う方にはどうでも良い拘りばかりで退屈だと思います。

このホームページを作る前に私が思うハコスカマニアがきっと大勢いると思い 色々見ましたが残念ながら

巡り合う事が出来ませんでした。そこで私なりに思い描いているハコスカ像を追いながら作っているものです。

賛否両論有る(特に今は否が多いと思いますが)とは思いますが それは私の片寄った個人的見解と言う事で

軽く受け流して見て下さい。未だ 同じ価値観で意気投合した方は残念ながら有りませんし 集う事も苦手なので

余計そうかもしれません、でも筋金入りの猛者の方にもお会いしたいとも思っています。子供の頃からの

想いが叶い 我が人生の最終モデル、クルマに乗れるあと残り少ない人生ラストの愛車として乗っていく

所存であります。一人でも多くの共感出来る仲間が出来るよう願い 日々精進しています。


ワークスGT‐Rはノーマルスペック:160PS/7.000rpmから1.989ccで最終264PS/8.400rpmまでに引き上げられた

マシンで出した各コースのラップタイムを見ると 当時のやり方で今でも充分通用すると思います。

当時のレース映像を見る限り 決して見劣りするような走りではなく 逆に今ではあまり見る事の無い ドリフト走行は圧巻。

昭和の古き良き時代、あの時間がゆっくり流れていた あの昭和のハコスカを再現 体験してみたいのです。

※当時の映像やメーカーから発信された映像にしか興味がありません、なるべく多くを紹介しようと思います。

今も人気が高いハコスカ 何故 名を残したか、たった3年10ヶ月しかレース活動をしていないのに40年近く経ってもこの人気。
たかがイチモデルがである。”レースで50勝した強い車”と言うのは誰でも承知の事でしょう(本当は違うけど)。
もう一歩踏み込んでどう開発されて行ったかを知ればハコスカに対する見方も多少変わるかもしれない。
当時のパーツ1つ1つにも”いかに速く走れるか”の実験検証の集大成であり 試行錯誤の賜物です。
“レースで負ければニュースになる”とまで言われた強さを誇る強烈なインパクトは過去の歴史を見てもハコスカぐらいでしょう。




簡単な略歴を下記↓にまとめました、まずはここ↓からご覧下さい。
これが今のハコスカ人気の起源です、最低限知っておいて欲しい略歴です。

ワークスGT‐Rレーシング開発記録


1996改訂版 国際スポーツ法典付則J項(J・A・F編)

=ハコスカは最期まで”男らしい”戦いぶりだった=
1972 10 / 1072 富士マスターズ250キロ
炎のラストラン

究極のスカイライン 最終進化型

最終型ワークスHT GT-Rの軽量化

黒沢元治


苦悩のラストファイト 50勝からファイナルまで

研鑽の航跡

1971当時雑誌記事


=昭和の軌跡=(H24 10/13更新)

語り継ぎたいレースシーン

‘71 5/3‘71日本グランプリレース
‘70 10/23 ハードトップGT-Rデビュー戦
‘71 12/12 通算50勝目になる筈だったレース
‘71 10/10 通算49勝目 ‘71 10 10 富士マスターズ250km
‘71 6/6 国内マツダ初参戦カペラロータリー VS スカイラインHT・GT-R 初戦
‘72 5/3 51勝目を目指し マツダに負けられない‘72 日本GP
‘72 3/20 悲願の通算50勝となったレース ライバルは・・・
‘72 7/2 52勝目を目指したレースだったが・・・
‘72 9/2 ニッサンワークス“最後の勝利”
‘72 8/22 異種格闘技 47勝
‘72 6/4 通算51勝目 レビン健闘 ロータリー及ばず
‘71 3/21 HT・GT-R 2戦目 全日本ツーリングカー100キロレース
1970 通算 16〜18勝目のレース
1969 通算7、8勝目(‘69日本GP)
1971 9月5日 富士グランインター200マイルレース Tc-Bレース
‘71 7/18 ストックカー筑波100km T-2 全日本U 46勝目
‘70 5/3 JAFグランプリ 通算19勝目

ワークス活動としては順調に連戦連勝であったが
1971 12月12日 富士ツーリストトロフィー500マイルレース以降不運のトラブルがワークスを見舞い始めた、
1972 4月9日 レース・ド・ニッポン 6H も例外では無かった(AUTO SPORTS記事)

1972 9 3 富士インター200マイル スーパーTC 優勝:北野 元 ←ワークス体勢で52勝目の頃
打倒スカイラインを目指すマツダの包囲網(AUTO SPORTS記事)

スカイラインGT-R参戦以降 連勝記録ストップ 
1971 8月15日 フジグランチャンシリーズ第三戦 富士500キロスピードレース

1972 10 / 10 ‘72 富士マスターズ250キロ “ワークスGT‐R ラストファイト”以降
ワークス参加無きレース

‘73 3 18 富士300キロスピードレース


ニッサン特殊車両部第2特殊車両課

日産スポーツコーナー

同調出来るレストア 


昭和の仲間達

R35 GT‐R  ニッサンR380‐MkV

R38シリーズ

特設

Newman Library

ダイキャストモデル&グラツー


以上 スカイラインの歴史を踏まえた上で

自分の“ハコスカ”を作り上げていこう、 (index second stage)



ニッサン 日産 スカイライン SKYLINE GT‐R GT‐改KPGC10 KGC10 ハコスカ S20型 L24型 L28型 

サーフィンライン R380 R381 R382 R383