武漢肺炎の影響で故郷には4〜5年は帰ってない。
その4〜5年前はお袋は元気でいた。
しかしアルツハイマーの症状が出始めていたのだった。
兄貴からは手に負えなくなったので施設に入ってもらったという。
その間紆余曲折あって帰れないまま今に至る。
兄貴が言うには「もう誰も認識できていない」らしい。
今年の初め 帰れるタイミングを作って帰省した。
お袋は自分でカラダを起こせないほど体力が落ちているようだ、
自力での歩行も無理
勿論 私も認識出来ないようで「誰?」というような顔で見ていた。
アルツハイマー 脳萎縮
我が腹を痛めた子供も分からなくなってしまう。
引いてみれば かわいいおばあちゃんだが もう母では無くなっていた。
私の顔をじ〜っと見ていて目を離さない。
ナニを思っているのだろうか
思い出してくれるのだろうか
歯も無くなって食事は流動食のようなものらしい
あれだけ身を粉にして家庭や子供のために尽くしてくれた母がこんなになってしまうのか
94歳
1ヶ月後 オヤジの13回忌で帰省した時 母も見舞いに行った。
個室で寝ていて「来たよ」と声を掛けるが 怪訝な表情を崩さなかった。
自分で動けないので寝たきりになる
部屋に音楽が流れている訳でもなく 無音でただ寝ているだけ
日々ナニを思っているのだろう
このまま弱って死んでしまうのか
オヤジ まだお袋を連れに来ないでくれ
こんな状態でも生きていて欲しい
ただの子供のエゴだろうか
オヤジの葬式の時にお棺に「私もすぐ行くからね」と書いた手紙を入れたのを覚えている。
ただこのまま生きながらえて お袋は苦痛ではないだろうか
だからといって・・・
1日でも多く生き抜いて欲しい。
かあちゃん
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武漢肺炎もすでに3年・・・
家に帰れていない
その間オフクロは脊椎圧迫骨折 治癒後施設へ(老人ホーム)
アルツハイマーもちゃくちゃくと進んでいるという。
オヤジが死んでもう何年経ったのだろう
ふと実家を想像すると オヤジもオフクロも居ない。
兄貴の家だ。
私が想う“懐かしき故郷”が少しづつ薄れてゆく。
やはりつくづく想う事は 自分のことだけ考えていれば良かった「良き思い出の故郷」
実際は高校までしか居なかった実家だが
社会人になっても帰る暖かい実家があるということが実に嬉しい事だったと気付く。
もう出迎えてくれるオヤジもオフクロもあの実家には居ない。
寂しい
でもオヤジが生まれ 愛した故郷が恋しい
“オヤジの匂い”が残っている故郷
帰りたい
------------ after
a long time -----------
上の投稿から随分時間が経った。
先日息子からオイルライター要らないヤツがあれば欲しいと聞かれたので
滅多に開けない引き出しを開けてみた。
もう忘れていたが結婚する以前のものやいつ買ったか分からないGOOSDが沢山出てきた。
その中に綺麗な化粧箱があったので開けてみると時計が入っていた。
その時計は私が高校に入ったお祝いにオヤジが買ってくれたもの。
SEIKO製の自動巻き&手巻き 当時3万ぐらいした時計だった。
ウチの節目節目の伝統は 中学入学には「万年筆」 高校は「時計」だった。
その時計は私が四十になるまで普通に動いていて使っていた。
動かなくなり二・三年経ったところで お客さんが腕が良い時計屋さん知ってる と言うので
修理に出した。なんせ古いので諦めていたが見事復活、
それから五年は動いていたが遂に動かなくなり保存していた。
しかしたまに何処に置いたか探すも見つからず 今回こんなところから出てきた。
以前ウチのお客さんで時計マニアがいて80万する時計を普段普通に使っていた。
私が「もったいない」と言うと ○○さん(私)もスカGを普段に使っているじゃないですか と言う。
同じですよ と突っ込まれた。
確かにスカGはそうだけど 私にとって高価な時計は普段使いでは“もったいない”派なので
余所行きにしか使わない感覚なのです。
そしてそのお客さんが自分の時計を自慢していたので 価値観を試してみた。
その新しい高価な時計と 私が高校から使っている時計、どちらに値打ちがある? と聞いてみた。
しばらく微動だにせず考えていたが コチラを指差し「○○さん(私)の」と言った。
このお客さんは同じような価値観でほっとした。
最近は街の時計屋さんをトンと見なくなったので 機会があればまた修理に出してみたい。
オヤジの遺品になってしまった時計もあるし 今は私が還暦の時家族みんなでお金を出し合って
買ってくれた時計をしている。
今年 年金をもらえる年齢になってしまった。
------------ Wait
a little time -----------
武漢肺炎の影響で実家に帰れない事が続き 早5年近くが経っていた。
お袋もアルツハイマーで施設に入った。
こちらはこちらで実家に帰らずココでの生活が普通になっていた。
定期的に兄貴には連絡を取っていたものの お袋はもう分かっていない状態になっているという。
今回強行的に帰って実際のお袋の状態を見てみようと思い 家内と長男 三人で帰った。
久々にお袋の顔を見ると 面影はあるが顔つきが変わっていた。
引いて見ると「かわいいおばあちゃん」と言う感じだった。
ベッドで寝ていたが私の顔を見て「初めてじゃなぁ」と言う。
少しは「○○」(私の名)を呼んでくれるかもと期待していたが・・・
しかし じぃ〜と私の顔を見ている。
あの母が・・・ この姿・・・
涙が出てきた
母の手を握り さすっていて細くなった指が・・・
かあちゃん
ありがとう ありがとう ありがとう
なんか 命を少しづつ削りながら今を生きている感じがして・・・
せめて少しでも長生きし欲しい
今年で94歳になる
今 日々をどんな気持ちで生活しているか 想像も出来ないが・・・
近いうちにまた母に遇いに行かなければと強く思った。
To be continued.