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検証 オークション出品物

上はGT-R HT純正新品フロントグリルです。出品物はコレのグリルネットの販売です。

御覧の商品ですが自作して出しているようで 格安スタートでいつも1万前後まで上がるようです。

コレをグリルに取り付けると

このようになります。

本物はと言うと↓図

ネットは随分奥の位置になっています。


並べると雰囲気ががらりと変わるのがお分かりだろう、どうせ作るなら何故同じように作らないのだろう。
非常に残念だ。これを付けるぐらいなら自作でネットを手で曲げて自作した方が見栄えが良いので取り付けは断念。

それとフロントグリルの塗色はグレーメタリックなのに黒の艶消しに塗ってあるものがほとんどだ。

あなたのは大丈夫ですか?

でもライトグリルは黒の艶消しだ、メーカーは何故色を違えているのだろう。

どうでも良い人には気にしない部分かもしれないが 少し少しの違いがトータルで大きく雰囲気を変えてしまう。

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検証 防錆

ある雑誌で電気式防錆システムのレポートがあった、私のもラストイベーダーを使っていますが聞くところによると

アーノードは定期交換パーツで劣化すると言う事です(本当だろうか?)。その製品は4Pでダイレクトに電極を

固定するものだった。今のより効果が持続するものであれば入れ替えを考えざるを得ない。オークションで

“ラストアレスター”で検索すると下記↓が出てきた。

ラストアレスター・ラストストッパー同等・電子防錆装置

Corrosion Predator(電子防錆・防腐食装置)

・錆と腐食を電気的に防ぐCorrosion Predatorの新品・未使用品です。
・アメリカで購入してきました。新品・未使用品です。
・自動車大国のアメリカでかなりの人気商品なので信頼性も高いです。
・バッテリーとユニット本体を接続し、端子をボディーの4箇所(前後左右)につけるだけです。
・これだけで錆と腐食から車体を守り塗装の色あせなどの進行も遅らせます。
・「ラストアレスター」等と同様の製品です。
・ですが「ラストアレスター」は高額でしかも数年でアノードを交換しなければ効果がありません。
・この製品はアノードを介さず、直接ボディーに端子を密着させるタイプですので半永久的に効果が持続します。
・この製品は錆・腐食傾向を最大95%減少させることができます。
・愛車の電気系統への影響もありません。
・ユニット内に過電流・逆電流を遮断する機能があるので安心です。
・12Vで4チャンネル仕様です。
・各チャンネルごとにインジケーターがありますので通電状態を確認できます。
・取り説は英文ですが図もありますし取り付けも簡単です。
・ボディーをいくら強化しても錆や腐食があれば意味がありません。
・愛車を長く乗りたいと思う方、宜しくお願い致します。

価格も¥5.800‐と安く早速購入。

雑誌で検証している通り 鉄片に薄い食塩を混ぜた水に浸し比較してみた。

見るも無残!30分で錆発生 それも通電していないものと何の代わりも無く錆だらけ!!

映像は3日後のものだ、何の効果も無い事が証明された。

この商品が悪いのか コレだけ不良品なのか分からないが付けなくて良かった。

安物買いの銭失いとはこの事だ。

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HAKOSUTE

ステージアベースのハコスカレプリカをショップのオリジナルで販売しているようだ、おもろいねぇ〜

何でステージアなんだ?

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いくら車体やエンジンを綺麗に作っても整備の基本中の基本 肝心なサスのアッパーがケツの穴がひっくり返った

ようなものを付けていては台無しだ。私の場合はピロアッパーを付ける気が無いので純正を付けている。

まだ純正品が残っているので入手可能だ(センターのプラスティックカバーは生廃)。

これもまたオークションで面白いものが手に入った、それはあのトラストオリジナルの強化アッパーマウントだ。

ノーマルのような強化ゴムのアッパーに金属のカバーが付いたものだ、上に伸びる動きを制限するようになっている。

良いかも知れない。

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スクーデリア日産

日産ワークス(日産スポーツコーナー)と切って切れない存在がスクーデリア日産だ、

ワークスの補佐的な存在としてチームを支えた。それもそのはず下記↓に紹介する横山達選手が

代表で創立した会社だ。

今もその名は受け継がれ日産系のチューニングで
Victory Road Kikuchiと言う名で活躍されている。

【日本の名レース100選 Volume42】 (2008/3)
富士グランドチャンピオンレースシリーズ ラウンド1
1979年に開催された「’79 FUJI GRAND CHAMPION RACE SERIES Round 1」の模様が掲載。
スクーデリアニッサンで手掛けたスクーデリア・サニー(ドライバー:都平健二)が優勝。

GT-R用日産レーシングマニュアルにもそれがなにげに記されている。

・横山達 (ワークス)故人

S8・1・15生 江戸っ子。父親は秋田雨雀の弟子で清藤森夫というペンネームの童話作家であった。太平洋戦争の空爆で家を焼かれ、神奈川県茅ヶ崎へ疎開し、そのまま茅ヶ崎に居つく。藤沢高校から明治大学商学部へ進む。昭和30年卒業後、オートバイメーカーの陸王に出入りして、33年の第3回浅間火山レースに出場する予定でいたが、メーカーがつぶれてご破算になった。第1回日本GPジャガーEタイプで出場、優勝。その夏プリンスファクトリーに入る。スカイライン2000GTで主に活躍し、41年第3回日本グランプリではR380で4位に入った。第4回日本GPスカイライン2000GTでは総合優勝を飾った。同年10月には谷田部でR380Uで7つの国際スピード記録を保持。ニッサンレーシングチームキャプテンを務め(1970迄) レーシングアドバイザーとして後輩の指導に当たる。スクーデリアニッサン創設 1998年死去。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に横山達氏の記述が載っていない事が驚きだ。


左側:横山達氏

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横山達選手ドライブ KPGC10-Rテスト車両

映像コメント:‘71日本グランプリに登場〜このスカイラインGT‐Rがその予定車だ。時速200キロを超える超高速で走り去るハードトップのスカG‐R。強烈なコーナリングとテールウィングの効果がR380の記録をしのぐタイムを期待できるだろう。


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特にフェアレディZのL型チューニングにも定評が有り 数多くの実績を残している事はここで改めて言う事も無いだろう。

その今となっては実に珍しいスクーデリア日産製のカムシャフトがオークションで手に入った。

出展者コメント:

L型好きな方でもあまり見たこと無いと思われる、スクーデリア日産のハイカムです。
素材カムですので、76度の作用角を持っているにも関わらず、ノーマルカムに近いベース円があります。
(あまり厚いロッカーガイドなどを使う必要が無く、リスクが減ります。)
また、古い設計にも関わらず、良いプロフィールをしているので、ノーマル加工の76度付近のカムよりも使った感じはかなり良かったように記憶してます。防錆黒染め(落とさないで、そのまま組める染付けです)をしてから、10年以上保管した物になります。

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= 補 足 =

日産第3実験課⇒特殊車両部第1実験課〜ラリー専門
プリンスのレース部隊⇒第2実験課として日産レース部門

第2実験課の実体は村山にあった元プリンス自動車の工場を拠点とする。
追浜の特殊車両部の所属という扱いで、村山ワークスと呼ばれることは殆どなくて、あくまで追浜ワークスと呼ばれていた。

追浜ワークス(村山ワークス)

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

追浜ワークス(おっぱまワークス)とは、1960〜70年代の日産自動車のワークス・チームのうち、横須賀市の追浜工場内にある日産の総合研究所配下のチーム、また同チームと契約を結んでいたドライバー達のことを指す。

概要 :1963年に同社内に実験部第3実験課が創設されたのを「追浜ワークス」の実質的な起源とするのがメディアでは一般的である。初代課長(実質的な監督)には、1958年にオーストラリア・モービルガス・トライアルで日産がクラス優勝を飾った時のドライバーである難波靖治が就任した。

さらに1966年には日産がプリンス自動車と合併したために組織改編が行われ、それまでの日産側のチームが「特殊車両部第1実験課」と名称を改めラリー活動に専念することになり、サーキットレース用の車両については旧プリンス側のチームである「特殊車両部第2実験課」が担当することとなった。旧プリンス側の部隊については、本拠地は追浜ではなくプリンスの村山工場内に置かれていたが、当時メディアではこれら特殊車両部全体を指して「追浜ワークス」と称していた。

第2実験課は日本グランプリ参戦用の車としてR380〜R383に至るプロトタイプカーの開発を担当。一方で第1実験課はサファリラリー等の国際ラリーに出場する車の開発を担当していた。いずれにしても日産社内では「一軍」としての扱いであった。

1970年には「排ガス対策の開発に集中するため」という理由から日産本社が日本グランプリへの参加を取りやめたため、第2実験課がそれまで二軍の大森ワークスが担当していたツーリングカーの開発にシフト。スカイライン2000GT-RやフェアレディZの圧倒的な強さに貢献するが、1974年にオイルショックの影響から日産がツーリングカーレースへの参戦を取りやめると、第2実験課は実質的な活動を停止。

1970年代後半には、日産社内のモータースポーツ関連の予算が大幅に削減されたため、村山の第2実験課が解散し、追浜の第1実験課に機能が統合された。しかし第1実験課によるラリー活動は続けられ、1979年から1982年にかけてはサファリラリーで総合4連覇を達成している。

1980年代に入ると景気が回復したため、追浜もスカイラインターボCに代表されるシルエットフォーミュラの開発など、サーキットレース用の車両開発を徐々に再開。しかし1984年に大森ワークスをベースにNISMOが設立され日産のモータースポーツ活動を全てNISMOに集約することとなったことから、追浜ワークスは消滅した。

主な所属ドライバー
田中健二郎 - 1965年〜1967年まで在籍。1969年にタキ・レーシングに移籍。2007年死去
高橋国光 - 1965年〜1974年に追浜ワークスが正式に活動を停止するまでプライベートチームとの並行活動
北野元 - 1965年〜1974年に追浜ワークスが正式に活動停止をするまでプライベートチームとの並行活動
黒沢元治 - 大森ワークスから1968年昇格、1972年末でニッサンを辞めてヒーローズレーシングへ移籍
都平健二 - 大森ワークスから1969年昇格、1974年の正式な活動停止までプライベートチームとの並行活動
長谷見昌弘 - 大森ワークス〜タキ・レーシングを経て1970年に加入。以後1974年までプライベートチームと並行しての活動
砂子義一 - プリンス自動車との合併後加入。1971年まで活動し、以後はマネジメントにまわる
横山達 - プリンス自動車との合併後加入。1970年まで活動。後にニッサン系の自動車工場スクーデリアニッサンを主宰。1998年死去
大石秀夫 - プリンス自動車との合併後加入。1970年まで所属。その後黒沢レーシングに移籍し1972年まで活動。 故人

大森ワークス

大森ワークス(おおもりワークス)とは、1960〜70年代の日産自動車のワークス・チームのうち、当時東京・大森にあった日産の宣伝部第4課配下のチーム、また同チームと契約を結んでいたドライバー達のことを指す。

日産のもう一つのワークスである追浜ワークスが主にプロトタイプカーの開発を担当し、日産社内においても主力(一軍)扱いだったのに対し、大森ワークスでは主にツーリングカーの開発を担当したため、社内でも二軍として扱われていた。

大森ワークスの契約ドライバーは主にブルーバード・スカイライン・サニー・チェリーなどをベースにレース用に改造を行った車を駆ってレースに出場した。またレースやテストのない日は大森の「モータースポーツ相談室」の相談員として、交代でアマチュアドライバー達からの相談を受け付けたりレース用パーツの販売を行ったりもした。

華やかに語られることが多い追浜ワークスに比べて大森ワークスには地味な印象があり「二軍」呼ばわりされる一方、鈴木誠一に代表されるような「乗るだけではなくマシン作りができる」ドライバーが在籍していたことも事実で(逆に言うと追浜ワークス組は「乗るだけ」)、日本のモータースポーツ発展を支えた優秀な人材を輩出しているという面もある。

1970年に日本グランプリの開催が中止されたのを機に追浜ワークスがツーリングカーの活動も行うようになると、大森ワークスの活動は縮小され、オイルショック後の1974年に日産がツーリングカーレースへの参戦を中止すると契約ドライバーは次々と独立した。ただその後も大森ワークスではレース用パーツの開発・供給が細々と続けられ、後のNISMO設立へとつながっていった。

主な所属ドライバー
鈴木誠一 - 1965年に加入し、リーダー的存在になる。1968年以降は、自身が興した東名自動車(現・東名パワード)と掛け持ちだった。1974年6月の        富士GCの多重クラッシュに巻き込まれ、37歳で事故死。
黒澤元治 - 1965年加入。1968年に追浜ワークスに昇格。
都平健二 - 1965年加入。1969年に追浜ワークスに昇格。
長谷見昌弘 - 1965年加入。1967年まで在籍したが、1968年と1969年はプライベーターのタキレーシングで活動。1970年に追浜ワークスに復帰。
津々見友彦 - 1965年加入。
寺西孝利 - 1968年に加入。チームの中では鈴木誠一と並んでリーダー的存在だった。1978年に引退。
須田祐弘 - 1968年ごろから正式に加入。1974年まで主にストックカーレースに参戦。PMC・S事務局長との掛け持ちだった。1974年正式引退。
田村三夫 - 元2輪ライダー。1968年トヨタから移籍。1974年まで主にストックカーレースに参戦。
歳森康師 - 1969年にスカウトされる。1974年まで所属。1975年1月に目を負傷し引退。
星野一義 - 1969年のテストで合格し加入。以後組織変更で大森ワークスからNISMOに変わった後も所属。
本橋明泰 - 元ヤマハ発動機所属の2輪世界GPライダー。1969年、星野とともにテストに合格し加入。GT-R54勝(うち49連勝)のうち1勝してい             る。1970年引退。
辻本征一郎 - 加入年不明。主にツーリングカーで活動。現在ニッサンレーシングスクール校長。

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私の場合 日常の足としてどんな時でもハコスカを使っているので 特に雨天や路面が濡れている時 タイヤが

跳ね上げる砂混じりの水が車体の下回りの隙間やモノコックの間隙に入り込む事はやはり気にしている、

その跳ね上げた小砂利が塗装を傷付けたり 研磨、剥離させたりして ホイルハウス内の錆を誘発している、

出来るだけ避けたいし防ぎたい。

製造上の無駄な隙間は一応埋めてはあるものの 特に高速走行の巻上げは出来るだけ緩和出来ないものだろうか。


現在 フロント、リアフェンダーの後ろの部分には少しでも塗装のダメージを和らげる為に

ウレタンフィルムを緩衝材代わりに貼っている。


マッドフラップが一番有効だと思いますがラリー車じゃ無いんだからコレは無いなぁ。


やはりあまり目立たないものが良いと 試しにフロント内側に透明なフラップを作ってみた。


下3箇所に車幅に近い遮蔽版(風に靡くもの)を入れられれば巻き上げも楽になるかも?

フロントスポイラーも車体下に流れる空気を制限するのにも役に立つだろう。

なるべくボディに加工せず取り付けを試して見る事にする。

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GT- Emblem

このエンブレムに付いている取り説です。↓

ちょっと前にオークションで中古の前後エンブレムが出た。

コレがその映像ですが 勿論 販売当時に購入した物が今付いている訳ですが予備にGET出来ればと

入札を決行。高くても¥15.000‐前後出せば落とせると思っていたがとんでもないオークションだった。

なんと最終落札価格は¥36.010‐(セコイ入札をしたもんだ)であった。決して程度の良いものでは無かったが

実に驚いた。評価二桁までの入札者は大体勢いで来るので恐ろしい。以前より予備を何とかしたいと思っていたが

今は販売されていないのでそれも難しい、今付けている物で型取りをしてコピーを作る事にする。

出来たらまたここでご報告します。しかし そこまで人気が有るとは・・・

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RではないのでGT-Rエンブレムを付けるには抵抗がある。

また別ヴァージョンでエンブレムを用意してみた。

バックの青をガンメタに塗り直してコレはどうだろう。

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どうせ付けるなら少しでも軽量パーツ

車体、エンジン、サス、駆動伝達系、ブレーキなどを見直していると40年も前の造りなので従来の工業規格サイズの

無骨なボルト&ナットしか使われていない。経年劣化など考えると出来ればすべて入替えたい、私はこの部分には

どうせ入替えするならこう言った見えない部分にはノーマルに執着する事無く 新しい軽量パーツを入れてみたい。

下記↓に例を記してみたい、重さは特にボルトは長さで異なるので参考程度にして頂きたい。


ノーマル6mmボルト:24g → 16g(アタマ10mm→8mm)


ノーマル8mmボルト:69g→55g(アタマ12mm→10mm)


ノーマル8mmナット:40g→35g(14mm→12mm)


ノーマル10mmナット:12g / 1ヶ当たり→9g フランジロックナットタイプ(17mm→14mm)



ノーマル12mmナット:24g → 22g フランジロックナットタイプ(アタマ22mm→17mm)

↑上記のいずれにしても1ヶ/150〜250円ほどのものだ。

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隠れた手法

L型のチューニングバイブル“日産純正240Z用レーシングマニュアル”には下記↓のような指示がされている。

私のエンジンにも指示通りの手法を施してある。

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= 車 検 =

今月はハコスカの車検だ、もう2年経ったのかと思うと 早いねぇ〜 ノントラブルで絶好調 季節による変動も無かった。

勿論 陸運局に持ち込み車検だ、私の場合車検には不適合な部分は事前に用意しておく事が数点有った。

・リア加工ワイドホイル加工ホイルは勿論Χなので純正ホイルに戻す

・リアスタビを装備した最低地上高が変わるのでクリアランスチェック(9cm以上確保) 

・GT-R純正マフラーのタイコに水抜き穴を2箇所開けたコレも車検はΧ 塞ぐ事

・ヘッドライト外側にポジションランプが付くようにしたポジションは複数はΧ 追加分を消灯

・ストップランプが連動するようリアウィンドウに追加設置したコレもΧ 消灯

・フロントバンパーに付けた“アイドルHC特殊”ステッカーを外す

最終は多くの方が最大の難関が排ガスのクリアだが2年前に比べ年間を通じてセッティングがかなりに詰まってきたので

特に問題無いだろう、ちなみに大層なチューニングをしている訳では無いのだがエンジンの大まかなセッティングに

影響が出そうなパートは排気量はノーマル28 ヘッド面研による圧縮アップ、ヘッドポーティング(日産レ−シング

マニュアル240Z仕様) NISMO74カム、点火進角が主な”通勤快足”仕様だ、キャブは240Z用SUキャブ。

前回は排ガスも目や鼻にツンと来るようなやや濃いものだったが今は♯7番プラグが綺麗に焼けるようなものに

仕上がった いつも暖機中にマフラーエンドから水蒸気が出るくらいです。

結果 今回も陸事スル〜パスであった。

PS.どうしてもガス検に通らないという方に裏技

ワコーズのセールスマンが一押しのアイテムが“ヒューエルワン”だそうだ、

ガソリンの1l未満(40〜50Lに300cc)の配合でタイガイOKらしい。

いざと言う時に知っておくと良いだろう。

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私は今何故ハコスカに乗っているんだろう と 思うときがある。小さい頃より間近で見て育ち タイムリーに

その活動 活躍を目の当たりにした、そしてメカに興味を持ち自分なりに貪り続けてきた青春時代。当然 交通機械

工学科に進路を取り 最終は設計までやった。それがきっかけで畑は違えど似たような仕事をしている。

自分で想う改造をマシンに加え 自分で乗る、レースはシビアで結果となり出てくる。体感した足りない部分を

補うべく改造しまたテスト&レースの繰り返しの日々。そうする事で改造の腕とライディングの腕が相互的に

上がってゆくと信じやってきた。そして今小学校からの念願であったハコスカに乗っている、それもコレクターズ

アイテム的なモノでなく ハコスカに対し何かを求めている。自分が想っている期待に応えてくれるような

クルマなのか その想いとは幼少の頃より何気に培われて来たハコスカ虚像と言うか 自分なりの目一杯のキャパに

対してこのクルマはチャンと応えてくれるのか試しているような気がする 40年も経った今。

今走っていて実に楽しい エンジンの鼓動 ミッション ハンドルから伝わってくる重さや振動 横Gやサスの動き 振動 

様々な情報が耳や体五感に訴えてくる、これを私とハコスカの対話とも言うべきか。一人で乗るにはオーディオは

要らない 窓を開けさわやかな風やマフラーの音が心地好い。何故かハコスカにたどり着くまで古い車ばかり乗ってきた。

それなりの付き合い方やメンテのポイント 直し方などがすべて肥やしとなってきた。 「私の使い方は日常の

足として 雨の日も通勤に使っているし 年3回は故郷の帰省で片道400kmを高速を平均ぬうわkm巡航で走っている」

と言うとほとんどの人は「エエッ」と驚かれる。私のとっては何で驚かれるのか?「もったいない」とか「遊びだけで使う」

のがおそらく通常の考えなのだろうし 「そんなに気楽に乗れるものなのか」と思っているようだ。今は旧車だが

40年前の新車時は極々普通の足として使えていたクルマの筈、勿論なんに使うにしても普通の下駄としても・・・

今普通に乗れるようにするには その当時の状態に戻してやれば良いのだ。

それには自分の想う整備(シャシ エンジン ミッション 駆動系 電装 ブレーキ サスなど)は一気に組んでリセット。

そして 悪い膿を出し切る為に毎日下駄に足にこき使い早めに出してやる事 と 思って使っている。勿論 クルマは

消耗品の塊である事も充分承知している。幸いにもハコスカは今も人気があるおかげで純正パーツや外品が豊富に有り

修理には何ら事欠かない 事が最大の強みだ。本業が忙しい事もありクルマのメンテはクルマ屋に任せていたが

私の場合不幸にも良いクルマ屋にめぐり会えなかった、値段ばかりイッチョ前で中身はハリボテ そのくせプライドばかりは

メチャクチャ高い。根拠の無い自信は何処から来るのか?名高い所に出しても結局は納得がいくか いかないか

だけだ。それなら自分で納得が行くまで手を入れよう と思う訳です。良く「自分で触れるから良いね」と言われますが

要はヤル気があるかどうかだけで もともとはじめから触れた訳が無く経験を今まで積んで来たからで いつ自分で

立つかが問題だ。自分で出来ないなら業者にすべて任せる 高くつく事をぼやく位なら乗る資格は無い。

また良い業者を見分けるにはそれなりの経験や見る目も必要になって来る、どっちみち信じるは“自分の目”しか

無いのです。これからもハコスカに対しいろんな難題を仕掛けて行く事になるだろうが おそらくそれに充分応えて

くれるのではないかと思っている。

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最近出ている某G-○○誌の別冊ハコスカ特集は意外と面白い、今まで他社で出ていた特集物はGT-Rのノーマル

プロフィールぐらいで終わっているものばかり。この某G-○○誌は当時のハコスカのワークス系の事も充分把握して

おきながら それに拘らず 今 流行のチューンなど様々な紹介を織り交ぜて紹介されている。ハコスカが好きなのも 

何処が、何が好きなのかは人様々で良いのだが 結局スタイリングだけは昔ながらの流れを汲むものが多く混在

している。最近は便利な時代で当時を偲ばせるレーシングGT-Rレプリカをサーキットで走らせているシーンを良く目に

する事が出来る、そんな中いつも思う事に当時の鈴鹿や富士で日産ワークスが出したベストラップタイムを今の

チューンしたハコスカ達は凌いでいるのか?その映像のほとんどは腫れ物に触るかのようにそれなりに流している

ようにしか見えない、高価で貴重なマシンだけに壊したら大変だ的な。このレコードはワークスドライバーの技量に負う

ところが大きいと思うが 有名ショップ処が走らせている看板グルマの中には良い線までは来ているものも極一部

のみあるようだが 試乗した当時のワークスドライバーの証言でも決して超えているものは無いようなニュアンスだ。

(当時のワークスドライバーでもクニさん ハセミ キタノ選手は流していたがガンさんだけは本気で攻めていた
また 今のハコスカやS30Zのチューニング車はFUJIを2分切っているタイムらしいがコースは異なれど4.3kmコースで
当時の1分36秒を比較しても40年前のタイムにはほど遠い)

では現在売られているパーツは何の為に有るのか 何の為にイジッているのだろう、勿論自己満足の為と言えば

それまでだがちょっと古いがガングロ ルーズソックス 茶髪が日本で流行ったように今の独自の流行が一人歩きして

きているように思える。メーカーが開発してきた当初のハコスカの素性の良さを発揮しながら今のパーツユニットを

組み込むことでプラスαの性能アップが出来ているのか 甚だ疑問だ と云わざるを得ない。

例えば他項で触れたフロントスポイラー1つとっても当時のレースで使用していたものは下映像↓1種類しかない。


カタログでも紹介されている上映像↑のものだ。私の認識不足かも知れないが今までこのワークスタイプを

販売しているショップは1店だけだった(下映像↓)。価格も¥42.000‐とチト高いが拘るならココしかなかった。

あの正谷号も同様だ(下映像↓)

某G-○○誌の別冊ハコスカ特集にはどちらもさらっと紹介されている。



多く安価で売られているのが上映像↑のものが多い 中の縦リブは無くペラッペラ。



これが当時のワークスのレプリカだが全般的に肉厚が有り 重量もズッシリ感がある。


最近オークションでも比較的安価でワークスタイプが出ているようだ。

これはワークスタイプでも軽量だ


でも疑問なのが今は無きハコスカではこだわりのIショップオリジナルは


スタンダードタイプ


デラックスタイプと2種類有ったがいずれもワークスタイプではないのが不思議でならない。

どうせ“拘りのハコスカ”に乗るぐらいなら フロントスポイラーは外から見える部分だけにワークスタイプに

拘って欲しいと思っている。知っている人が見れば「流石!↑ツボ処を押さえているなぁ」と思うだろうし 

そうじゃなければいくら綺麗に仕上げていてもゲンナリ↓してしまうは私だけだろうか。

日を改めて・・・

運良くワークスとは別の社外フロントスポイラーが手に入った(と言ってもカタチは同タイプ)、本当は今の仕様で

付けたくは無かったのだがハコスカを乗る以前よりシルバーの車体色と違った目立たない黒系のスポイラーも

有りかなと思っていたので付けて見る事にしたのだ(チョットした気の緩みだった)。やはり付けるとなると位置合わせは

かなり慎重になる、手に入れたモノは精度に拘って作ったらしく 車体がまともなら一箇所にしかピッタリと付かないと

の事だ。レーシングGT-Rの映像とにらめっこしながら合わせていくとなるほど確かに一箇所にしかしっくりと来ない。

軽量なのは良いが前方部の取り付け肉厚が薄くペラッペラなのであまりきつくは締め付けられない、付属で接着テープ

付きの隙間テープが付いていたが 水を吸う素材なので使うのはやめてホームセンターで固めのしっかりしたウレタン材を

代用にしボディとの接地面に縁ゴムを配した。またサイドの固定部内側の肉厚も寸足らずで締めると割れそうだ。

ココはタッピングはやめて締め具合を調整出来るボルトナットで固定する事にした。こうやって見るとやはりワークス

をまるまるコピーした上映像↑(白ゲル)は良く出来ていると感心する、今回のは外観と縦リブを美しくコピーしただけで

実際 正面から風の力をきつく受けるところなだけに要所要所には強度が必要なつくりでは無かったのが残念だ。

全般的な形状で剛性を持たせようとしているようだが・・・ しかし総評的には市販の中では上物に位置するだろう。


= E n d =


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