第3回日本グランプリ自動車レース大会

1966/05/03 富士スピードウェイ  周回距離 6.0km

総合順位 クラス順位 クラス ゼッケン ドライバー 車名 周回数 タイム

1 001 2 11 砂子 義一 プリンスR380 60 2:09:51.59
2 002 2 ♯10 大石 秀夫 プリンスR380 57 2:10:01.13
3 003 2 ♯15 細谷 四方洋 トヨタ2000GT 57 2:11:27.90
4 004 2 9 横山 達 プリンスR380 56 2:10:20.74
5 001 3 19 安田 銀治 ジャガー 55 2:11:00.73
6 002 3 20 横山 精一朗 ジャガーXK-E 54 2:12:22.33
7 001 1 5 吉田 隆郎 ダイハツP3 52 2:10:04.97
8 002 1 2 佐藤 清人 アバルトシムカ1300 52 2:11:19.19
9 003 1 1 波嵯栄 菩武 ロータスエリート 50 2:11:37.86
nc 2 7 山口 良夫 フェアレディー 42 2:12:14.45
3 21 酒井 正 デイトナコブラ 46
2 8 生沢 徹 プリンスR380 46
2 6 滝 進太郎 ポルシェカレラ6 42
2 12 北野 元 フェアレディーS 36
1 3 久木留 博之 ダイハツP3 22
2 ♯17 田村 三夫 トヨタ2000GT 5


5月2日の公式予選は大雨と霧という悪コンディションの中で行われた。

各車ハイドロプレーニング現象に苦しむ中、フェアレディSに乗る北野元が2位に15秒近い大差をつけてポールポジションを獲得した。





5月3日の決勝日は好天に恵まれたが、午前の特殊ツーリングカーレース中、永井賢一のベレットGTが強風に煽られて30度バンクからコースアウトし、富士スピードウェイ開業初の死亡事故となった。30度バンクのスピード制限や追い越し禁止が討議され、GPレースは予定より1時間遅れて午後2時35分にスタートとなった。

スタートはグリッド2列目から生沢徹(プリンス)がトップに立ち、砂子義一(プリンス)、田村三夫(トヨタ)、滝進太郎(ポルシェ)、横山達(プリンス)と続いた。砂子は2周目に生沢を抜いてトップに立ち、生沢の後方には滝と酒井正(シェルビー)が浮上した。マシンの不調でペースが上がらない生沢は数周にわたり滝をブロックし、チームメイトの砂子を逃がす役割を務めた。

滝は6周目に生沢をかわすと砂子を追い上げ、25周目にトップに立った。8秒ほどリードして31周目にピットインしたが、給油作業のロスタイムが勝敗に影響した。滝のチームはポリタンクから給油したため50秒以上要したのに対し、37周目にピットインした砂子はプリンス陣営が準備した重力式給油装置の効果で15秒たらずで作業終了。ピットワークでトップを奪い返してコースに復帰した。

レース終盤には2位を行くマシンの脱落が相次いだ。43周目、再度トップを追走していた滝が最終コーナーで路面のオイルに乗りクラッシュ。車体前部を壊してピットに戻りリタイアした。生沢は46周目にギアトラブルでストップ。最終コーナーからピットまでマシンを押して戻る生沢に対して、健闘を讃える拍手とブロック走行を非難する罵声が浴びせられた。同ラップには酒井のマシンにもエンジントラブルが発生した。

追う者が消えた砂子は独走状態で60周を走破して優勝した。3周遅れでチームメイトの大石秀夫が2位となり、プリンスワークスは1、2、4位(横山)という好成績を収めた。3位は無給油作戦を実行した細谷四方洋(トヨタ)。予選ポールポジションの北野(日産)はエンジントラブルでリタイアした。



マシンの性能ではポルシェに分があったものの、チームプレーやピットワークといった総合力でワークスとプライベーターの差が表れる結果となった。プリンス自動車は日産自動車に吸収合併されることが決まっており、最後の大舞台を勝利で締めくくった。


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