アメリカのレースには、1968年にSCCAクラスCシリーズに参加。レースのマネジメントはキャロル・シェルビーに委託されて参戦したが戦績が芳しくないため、シェルビーはシーズン中に、元レーサーでレーシングモデルの製作にも通じており、シボレー・コルベットの開発チーフでもあったGM幹部のゾーラ・ダントフ(Zora Arkus Duntov 、1910-1996年)に極秘アドバイスを求めた。だがダントフに対する1995年のインタビューによれば、手を尽くしたものの「肝心のエンジンが駄目だった」ため、性能向上の打開策を得られず、成績挽回には至らなかった、という。
アメリカでのレース参戦結果 月日 結果 第1戦 2月25日 2/4位 第2戦 3月10日 失格 第3戦 3月31日 3/4位 第4戦 4月21日 1/2位 第5戦 6月24日 2位 第6戦 7月7日 2/3位 第7戦 7月21日 3/5位 第8戦 8月4日 3位 第9戦 8月26日 失格 第10戦 8月31日 1/2位 第11戦 9月9日 1/2位 第12戦 9月15日 2/5位 第13戦 10月13日 2位 最終戦 11月23日 4位 ※最終成績は4位であった。
ドライバー:デイブ・ジョーダン(23番、シャシーNo.10001)、スクーター・パトリック(33番、シャシーNo.10005) なおシャシーNo.10006は里帰りし、スピードトライアル車のレプリカとして作り直された。この車両は現在、トヨタ博物館で見ることができる。シャシーNo.10001およびNo.10005は、米国で個人のコレクターが所有している。