回顧録

最近仕事をしている最中にフッと昔の事を思い出す事があります、ジジィになると最近の事は良く忘れるが

古い事は良く覚えていると言う加齢症状だろう。

RVF250R MkUを走らせていた頃 名阪スポーツランドで3Hエンデューロに参戦した時の事。

朝から雨でコース全域マディ−状態、当時はエントリー台数も多く100組ぐらいが当たり前の盛況だった。

スタートからの事は覚えていないが最終ラップの事だけ鮮明に覚えている。

「ラスト1周」のボードがチェックポイントで出された時 チーム員が皆 先を指差し「抜け〜」と叫んでいる。

しかし おそらくソレが指すものは随分先を走っている“KDX250R”の事だろうと思ったが体力も限界に

近かった為 追い付けるかなぁ? ゴール手前で追いつければ御の字ぐらいの遠い距離に思えた。

アクセルを極力全開を意識して開け続けた、腕も上がっていて手がハンドルから何度も離れそうに

なりながらもひたすら開け続けた。すると名阪名物長い下り・・・ ココはアクセルを開けて下らないと

ハンドルがムチャクチャ振られるところ(昔XR250Rで測ったが80kmは出ている)。下りきったところで

背中が見えた。180度ターンして今度は長い登り・・・ ヘロヘロだけどマシンの安定性が良いので

クルブシグリップだけで車体は暴れないのでグリップが千切れるほど全開で登っていくと中腹ぐらいで

抜く事が出来た。しかし食い下がってくる事が予想出来たので気持ちを折る為にかなりのスピード差で

抜かなければならない。登りきった先のコーナーで振り返ると追いついて来ていなかった。

あと直線1本でゴール、流してチェッカーを受けた。私は皆のサインが一つでも上に上がれと言う

意味で自分の先の標的を教えてくれたのだと思っていたがそのKDXがその時トップだったようだ。

ゴール直後に回りの多くのギャラリーたちがすごい拍手してくれているのに私はポカ〜ンとしていつつ

両脇の花道を何度も会釈をしながらパドックに引き上げた。

あとで分かったのが1位争いであった事を・・・ 最大の見せ場だったと・・・

かくしてラスト1周で優勝と言う勝負を掛けたのははじめての事だった。

私にしてはその1周はかつて経験をした事が無い自分の限界を遥かに超えた1周だった事を思い出したのでした。

しかし その全開走行の気持ち良さは今思い出しても 快感!

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